夏の煙は天高く

真面目にかなん

〜沼津駅南口〜


曜「ん〜……帰ってきた……」ノビー


久しぶりに沼津に帰ってきた。私は高校卒業後、東京の大学に進学した。


やっぱり東京と比べると人は少ないけど……故郷っていうのはこんな感じなのかなって思う。


大学は普通の四年制。飛び込みは部活動ではなく、個人でのびのびと続けている。そして今日から夏休み、期間中は実家に帰る事にした。


梨子「うーん……もうそろそろだと思うんだけど……あっ!」


曜「ふぃ〜……とりあえず」ゴソゴソ


曜「ただいま」


梨子「おかえり、曜ちゃん」


曜「……ん。帰ってきたよ」


梨子「もう、ずっと待ってたんだから」


曜「それじゃ、早速……と、その前に、皆に挨拶しなきゃね」


梨子「……それもそうだね」



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〜沼津〜


曜「ふぅ……久しぶりに市内を歩いてみようと思ったけど……


梨子「けど……?」


曜「東京は電車にバスが嫌ってほどあるから……こんなに歩くのも久しぶりかも」


梨子「まだこんなにって程の距離も歩いてないよ」


善子「あら?」


曜「あ、やっほ」


梨子「こんにちは」


善子「久しぶりね。今日から夏休み?」


曜「うん。……向こうにいても光熱費がかかっちゃうし、帰ってきちゃった。バイト先の店長さんも折角なんだし帰省しなーってさ」


善子「良い人ね。あっちの方だと許さん!キリキリ働けぃ!!とか言いそうなイメージが」


梨子「流石に偏見だよ……


曜「……うん」


善子「?」


梨子「曜ちゃん?」


曜「どうかした?顔に何か付いてる?」


善子「いや、何だか暗い顔したから。……まぁ模索はしないけれど、何かあったら頼ってよ。受験生とかそんな事は気にしないでいいから」


梨子「よっちゃん……


曜「ありがとう。それじゃ、帰るよ。久しぶりの実家を満喫するであります」


善子「……うん。ところで、歩いて帰るつもりだったの?」


梨子「え?本当に歩いて帰るつもりだったの?」


曜「いや……歩けるところまで歩いてみようかと思っただけだよ。流石にそんな事しないよ〜」クスクス


善子「フフッそれもそうね。ここからだと上土のバス停が近いわよ」


曜「もう!覚えてるよ!」プンプン


善子「フフフッ曜ちゃんって揶揄うと案外面白いわね。何で気付かなかったのかしら」クスクス


梨子「言えてる」クスクス


曜「もー!」



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〜内浦〜


曜「着いたー!」


梨子「ふふ、長旅お疲れ様」


内浦に近づくにつれて海の香りは濃くなった。都内では感じる事の出来ない自然な海だ。


梨子「曜ちゃんが返ってきたって聞いたら、皆喜ぶと思うよ」


曜「うーん……


帰ってきたは良いけれど、私自身はあまり人に会いたく無かった。


と、そんな時に限って


果南「あれ?もしかして……


梨子「果南さん」


曜「果南ちゃん」


果南ちゃんはスポーツ科の大学に進学した。果南ちゃんも夏休みだろう。


果南「久しぶり。大学はどう?」


曜「……楽しいよ」


果南「……そっか」


この感嘆詞に、どれだけの想いが篭っているのだろう。果南ちゃんは何も言わずにおデコにキスをした。


果南「私は、私だけじゃない。皆、曜の側にいるからね。……勿論梨子もね」


梨子「……///


曜「ありがとう……


果南ちゃんはそう言うと長浜の方へ歩いて行った。


梨子「ダイヤさんは……確か」


曜「ダイヤちゃんは帰ってきて無いんだよね」


梨子「うん……


ダイヤちゃんは私と同じく都内の大学に通っている。ルビィちゃんも同じ大学に入るんだと意気込んでいる。


曜「……先に家に帰ろう」


梨子「……



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〜曜'sハウス〜


曜「さて……と」


家に帰ると、母が出迎えてくれた。父は相変わらず家にいなかった。


曜「……やっぱり挨拶するべきだよね」


私は気が重かった。大好きな幼馴染なのに、今は会いたくなかった。


梨子「無理しなくても、明日会いに行けばいいと思うけど……


曜「それに、梨子ちゃんの家にも行かないとだからね」


梨子「……


私は着替え、支度をして出かけた。



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曜「……いないのかな」


インターホンを鳴らすも、誰も出てこなかった。忙しいのだろうか。事前に電話くらいしておけば良かった。


梨子「……また出直そう?」


曜「……うーん、じゃあ…………


私は隣にある梨子ちゃんの家に向かった。インターホンを鳴らすと、梨子ちゃんの母が出てきた。


梨子母「あら……いらっしゃい。……というよりもおかえりなさい、かしら」


曜「お世話になってます。これ、つまらないものですが」


梨子母「いえいえ。ありがとう。……上がる?」


曜「いえ……先に行ってきます」


梨子母「そう……いつもありがとうね」


梨子「曜ちゃん……



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曜「さーて、久しぶりだね」


梨子「もう、そんなに来なくても大丈夫なのに」


夏風の中に、微かに香る煙が体を包んだ。


曜「梨子ちゃん。元気にしてた?」


梨子「……元気だよ」


私は東京からのお土産を置き、梨子ちゃんに話しかけた。


曜「東京は沼津とは全然違うよね。実際に住むと、痛い程実感するよ」


梨子「そりゃそうだよ……


曜「あのね、梨子ちゃん。私……東京って夢のような町だと思ってたんだ」


梨子「……うん」


曜「毎日楽しくて、友達も沢山できて、何不自由ない生活ができると思ってた」


曜「けれど、実際は全く楽しくなかった。友達はできたけど、Aqoursの皆のような友達はいないんだ。一緒にいるだけって言うのかな」


梨子「……


曜「皆一見明るくて、楽しそうなんだけど……暗いんだ。居ない人の悪口とか、男の人やお金の話ばっかり。勿論そんな人ばかりじゃないけど」


曜「町の人も冷たいし、夜は怖い。私、人ってこんなに怖いんだって思った。私は独りなんだと思うと、寂しかった。」


曜「人に頼るのも怖くなって、私も仮面の笑顔で過ごすようになって……


曜「何だかもう……疲れちゃった」


梨子「……!ダメだよ!曜ちゃん!」


曜「……なーんて、ここで挫けたら、梨子ちゃんに合わせる顔が無いよね」


梨子「……


曜「じゃあね、梨子ちゃん。また来るよ」


灰色の岩は返事をせず、ただ煙を空に浮かべるだけだった。


梨子「……曜ちゃん」



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〜梨子'sハウス〜


梨子母「曜ちゃん……おかえりなさい。本当にいつもありがとう」


曜「いえ……好きでやってるので」


梨子母「上がって……。それと、梨子、おかえりなさい」


曜「ごめんなさい。私の我儘で連れて行ってしまって」


梨子母「いいえ、きっと梨子もその方が良いと思うもの」


私は彼女を戻すと、手を合わした。前にいる彼女は、2年前の笑顔のままこちらを見つめている。


梨子母「……曜ちゃんには本当にお世話になりっぱなしで」


曜「ううん……私、普通の人じゃないので」


梨子母「それでも……梨子は、とても幸せだったのよ」


曜「……はい」


梨子母「……こんな事は、梨子の母として、正しい意見なのかどうか分からないのだけれど……曜ちゃんには前を向いて欲しい」


曜「……


梨子母「いつまでも梨子と一緒に居てくれるのはとても嬉しい。けれど、曜ちゃんが前に進めないのは、私も嫌だし……多分梨子も望まないと思う」


曜「……はい」


梨子母「曜ちゃんに梨子と別れろって言ってる訳じゃないのよ!?……ただ、私も…………ごめんなさい」


曜「いえ、伝わっています」


私と梨子ちゃんの母との間に、沈黙が生まれた。しばらくして私は帰途についた。外は街灯が点々と付いていた。


梨子ちゃんの母は、暫くここに居るなら、と彼女の代わりに彼女の写真を私に持たせてくれた。彼女は物憂い顔で私を見ていた。


千歌「あれ?曜ちゃん?」


曜「あ……


千歌「曜ちゃんだ!久しぶり!!」ギュッ


千歌ちゃんは私を見つけると私に抱き着いた。人肌の温もりに、私は彼女を想起した。


曜「久しぶりだね。千歌ちゃん」


千歌「うん!……曜ちゃん」


曜「なに?」


千歌「嫌な事、あった?」


私は彼女の鋭い直感に思わず笑みが零れた。砂浜へ腰を下ろし、先程1人でボヤいた事を、千歌ちゃんにも伝えた。


千歌「そっか……それは辛かったね」


曜「……


千歌「友達、1人もいない訳じゃないんでしょ?」


曜「うん」


千歌「なら……その人と笑い合えばいいんじゃないかな」


千歌「人間ね、周りに人が10人居たら、内2人は絶対自分を好きにならなくて、そしてまた2人は自分を絶対好いてくれるんだってさ」


曜「面白い統計学だね」


千歌「だからね、曜ちゃんを嫌う人がいても、気にしなくていいんだよ。その分絶対に分かってくれる人がいるんだから」


曜「うん」


千歌「私も、善子ちゃんや花丸ちゃん、ルビィちゃんも、皆がいなくなって寂しいんだ。だけど、今もこうして繋がっているから、私たちは寂しく無いし怖くないんだ」


左肩には彼女の温もりが。遠くにある漁船の光がぼやけた。


千歌「嫌になったらいつでも頼ってね。心無いことを言う人の分、私たちが寄り添うから」


曜「ありがとう……


その後は他愛無い話をした。東京の明るい土産話は心底千歌ちゃんを楽しませた。

私は家に帰り、食事やお風呂を済ませてベッドへ潜り込んだ。



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次の日、私はまた彼女の元へ行った。


曜「昨日ぶりだね」


梨子「もう……また来たの?」


私は彼女の元に腰を下ろした。


曜「梨子ちゃん、いつも私の側に居てくれたよね」


梨子「……うん」


曜「ありがとう。昨日ね、千歌ちゃんと話したんだ」


曜「私、頑張る。辛いけれど、やってみせる」


梨子「……うん。うん」


曜「だからね……


梨子「……


曜「今までありがとう。梨子ちゃん。私、梨子ちゃんと出会えて本当に本当に幸せだった」


曜「全て投げ出したら、また梨子ちゃんに会えると思ってた。見えている所で、触れ合える場所でしか、人と繋がれないと思ってた」


曜「けど、そんな事無かった。私は独りじゃ無かった。だから、私は……前を向こうと思う」


梨子「……うん」ポロポロ


曜「梨子ちゃんと会えるのは……また遠い先の話になっちゃうね」


梨子「ううん……良かった……」ポロポロ


曜「それじゃ」



曜「バイバイ。梨子ちゃん。」


梨子「……バイバイ」




煙は空へと飛んでいく。私は消えた蝋燭にまた火を付けた。

写真の彼女は、爽やかな笑顔を向けて、2度と表情を変えることは無かった。